数々の偉業を技術面でサポート。現在はF1運営の一端を担う“唯一無二”の存在/F1レース関係者紹介(7)

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By Auto News on May 22, 2020 at 3:25 AM
  1. Auto News

    Auto News Moderator Staff Member

     F1には、シリーズを運営するオーガナイザーを始め、チーム代表、エンジニア、メカニック、デザイナー、そしてドライバーと、膨大な数のスタッフが携わっている。この企画では、そのなかからドライバー以外の役職に就くスタッフを取り上げていく。

     第7回目となる今回取り上げるのは、F1モータースポーツ担当マネージング・ディレクターのロス・ブラウン。これまで様々な役職に就いて活躍してきたブラウンの活動を振り返りつつ、彼がF1界で“唯一無二”の存在だと言われる所以をご紹介する。

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    “ロス・ブラウン”という名前を聞いて、どんな職業を最初に想像するだろうか。

    『F1モータースポーツ担当マネージング・ディレクター』と答えた方は、最近F1を見始めた方に違いない。

    『チーム代表』という役職が最も印象に残っているという方は、おそらく10年ほど前のF1の記憶が強い方ではないか。

     そして『テクニカルディレクター』をすぐに思い浮かべたという方は、1990年代からF1を愛してきた方だろうか。

     このように、F1史におけるブラウンは、さまざまな顔を持つ。
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    モータースポーツ担当マネージング・ディレクターに就任したロス・ブラウン

     1976年にマーチへ入社し、メカニックとして切削機械オペレーターを務めていたブラウンの名前が世に知れ渡ったのは、トム・ウォーキンショー率いるTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)でジャガー・XJR-14のデザインを手がけて、スポーツカー世界選手権(SWC)でシリーズチャンピオンを獲得した1991年だった。

     この年、フォードから同じようにワークス体制でエンジンの供給を受けていたベネトンにTWRが参画したことで、ブラウンもF1の世界に返り咲き、ベネトンのテクニカルディレクターに就任した。

     3年後の1994年にブラウンはミハエル・シューマッハとともにワールドチャンピオンの座に輝き、1995年も連覇。1996年にシューマッハがフェラーリへ移籍すると、1年後の1997年に後を追うようにフェラーリへ移り、テクニカルディレクターとして跳ね馬を復活させていった。

    1999年にコンストラクターズ選手権を制すると、2000年に再びシューマッハとともにドライバーズ選手権も制し、以後2004年までコンストラクターズ選手権6連覇、ドライバーズ選手権5連覇という偉業を技術的に支えた。
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    シューマッハーやフェラーリの偉業を技術面で支えたロス・ブラウン
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    シューマッハーやフェラーリの偉業を技術面で支えたロス・ブラウン

     2006年にシューマッハが一度目の引退を決断すると、ブラウンもフェラーリを離れ、F1の世界から身を引いたが、当時ワークス体制でF1に参戦していたホンダからのラブコールを受けて、2008年シーズンからチーム代表としてF1界にカムバックした。

     しかし、そのホンダは2008年限りでF1からの撤退を発表。するとブラウンはホンダからチームの株式を買取って自らの名前を冠したブラウンGPチームを設立。『ホンダ・RA109』として開発されていたマシンを、『BGP001』という名前で復活させただけでなく、ブラウンは2009年シーズンにドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権の二冠を手にしたのである。
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    ブラウンGPチームを設立し、選手権二冠を達成した
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    ロス・ブラウン(左)はホンダからチーム株式を買い取りブラウンGPチームを設立した

     しかし、資金難から2010年にメルセデスへチームを売却。そして2013年限りでチームを去った。その後、しばらくF1界と距離をとっていたブラウンだが、最高責任者だったバーニー・エクレストンからF1のオーナーがチェイス・キャリー(現F1会長兼CEO)に移ると、その技術的な参謀役としてF1の世界に返り咲き、新体制下でモータースポーツ担当マネージング・ディレクターとして活躍している。
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    モータースポーツ担当マネージング・ディレクターに就任したロス・ブラウン
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    メルセデスF1のガレージを訪れるロス・ブラウン(左)

     メカニックからエンジニアにステップアップし、さらにエンジニアの中で頂点に立つテクニカルディレクターの座に就いただけに収まらず、チーム代表、さらにはF1の中枢であるフォーミュラ・ワン・グループ(エクレストン時代ならFOCAやFOM)のトップマネージメントにまで上り詰めたという人物は、ブラウン以外にはいない。

     ブラウンが唯一無二なのは、ただヒエラルキーを駆け上ってきた立志伝中の人物というだけではない。F1の長い歴史の中には、テクニカルディレクターからチーム代表になった人物はブラウン以外にもいるが、テクニカルディレクターとチーム代表が分業化された1980年代以降のF1において、テクニカルディレクターとしてチャンピオンを獲得しただけでなく、チーム代表としても二冠に輝いたのは、ブラウン以外にF1界には存在しない。

     レースを戦う側からレースを運営する側の人間となったブラウンには、もう自らチャンピオンを獲得する権利はない。しかし、どんなに速いマシンをデザインしても、どんなに素晴らしい戦略を立てても、そしてどんな強いチームを作っても、レースする環境が整っていなければ、勝つこともできなければ、王者になる権利も得られない。

     いまF1は新型コロナウイルス感染症拡大の影響から戦うことができない状況にある。この世界で成功するには何が大切かを熟知しているブラウンの創造力と決断力に、F1界が期待している。
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    F1モータースポーツ担当マネージング・ディレクターのロス・ブラウン(右)

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